シャヒード、100の命
―パレスチナで生きて死ぬこと―

趣旨とコンセプト

100 SHAHEED- 100 LIVES   
趣旨:
この美術展は、2000年9月29日に始まった民衆蜂起アル=アクサー・インティファーダの中で死んでいった人々を追悼するために考案されました。その目的は、わたしたちを取り巻いている「死」に光を当て、日々の死者数という無味乾燥で個性のない表現を打破し、喪失感とその不当性に耐えていかねばならない遺族の方々に敬意を表することにあります。
シャヒードたちに人間らしい敬意を払う方法は、この人たちの人生を、愛情と尊厳を込めて世に知らしめることではないかと思われました。この人たちを人間として─1人の少年として、ティーンエイジャーとして、若者として、父親として、祖父として、祖母として─とらえようとすること。この人たちの人生の広がりを感じとるため、逸話や玩具や写真などを通じて、その現実や夢を理解しようとすること。それぞれのオブジェの平凡さが、現実そのままの人生を回想することの助けになります。
語源的には、シャヒードとは「誠実な証人」(faithful witness)という意味です。それ故、この100の人生の記録の1つ1つが証言であり、それらは全体として単純な累積よりも大きなものを示しているといえるでしょう。パレスチナ人であることの意味、それぞれの人生に引き継がれ、その軌跡を決定することになった条件を、雄弁に語るものです。シャヒードたちは年齢や素性や出身地にかかわらず、占領によって手かせ足かせをはめられた生活という現実を共有していました。
このような状況のもとをたどれば、ナクバ〔1948年のイスラエル建国に伴う祖国喪失。原義は「大災厄」「破局」〕によって一族全体が住んでいた土地を追われ、すべてを失ったということに行きつきます。それ以降も、より良い生活を目指す機会は拒まれ、難民としての惨めな生活が続きました。権利の喪失、隷属、中断された子供時代、「オデュッセイア」風の異境放浪、住居破壊、殺害、傷害、投獄などの物語が止めどなく繰り返されました。占領のくびきを逃れたかのように見えた人々も、最終的にはその影響に屈して困窮の中で早世していきました。
それでも、これらの人生は、押さえ付けることのできない人間の自由への憧れと不屈の闘争心を表現しています。
いつの日か、わたしたちも、死者を弔うばかりでなく、彼らに許されるべきであった「自由に生きる」ということが、できるようになることを願ってやみません。


コンセプト:
このプロジェクトの着想が浮かんだのは2000年10月半ば、毎日のようにぞっとするような死者の数が報告される中で、無名のシャヒードたちのこと、その遺族たちのこと、彼らの悲嘆がありふれた新鮮味のないものにされてしまうことなどについて考えていたときでした。
そこで考案したのが、追悼のための美術展を開催し姉妹本を作成することでした─生きることを肯定する姿勢、ミニマリスト的なデザイン、視覚とともに情緒的なものにも訴えるようなものをつくることです。来客は、共同墓地に入るのではなく、忘却の淵からすくい上げられた、ごく普通の人々を知ることになるでしょう。死にまつわるかまびすしい騒ぎの中から切り取った、静寂で省察を誘う空間の中で。それと並んで重視したことは、それぞれのシャヒードに彼/彼女の個性や人間性を回復させることでした。
従って、この展覧会の見せ方には、当初からいくつかの方針が定められていました。シャヒードたちは年齢の高い者から順に紹介され、それぞれが自分の空間を与えられ、そこに本人の名前と写真、形見の品が陳列されます。品物や写真は、それ自体が1つの人生を再現しているのであり、ごちゃごちゃした文章や目障りなディスプレイなどは必要なく、それだけで成立するものと考えています。
いまひとつ、ずっと付きまとってきた問題は、わたしたちは自分の死後に、どんな写真で自分を記憶してもらいたいだろうか、どんな形見の品で自分の人生の一面をのぞかせ、それによって記憶してもらいたいだろうかということでした。もちろんそれは、祝宴や卒業式、結婚式など幸せな場面で撮られた美しい写真でありましょうし、身近に置いて慣れ親しんできた品物でしょう。こうしたものの、平凡でありふれているところが、普通の人の人生の素朴さと真実をあますところなく再現するのに役立つのです。
というのは、これらのシャヒードたちは、抽象的な英雄でも、痛ましい犠牲者でもなく、みな普通のパレスチナ人だからです。彼らはパレスチナ人として普通に生き、パレスチナ人として普通に死んでいったのです。


アディーラ・ラーイディ